チヴィタ観光記②
メガネ置きです。
今回は、チヴィタ観光記の続きをお話しします。
死にゆく町
前回もご紹介したように、チヴィタ・ディ・バーニョレージョは険しい崖の頂上に築かれており、周囲の自然と相まって他では見られない美しい景観を持っています。
しかしこうした輝かしい特色の裏で、チヴィタは「死にゆく町」という、不吉な異名を付けられていることをご存知でしょうか。
今から2500年以上も前、イタリア中部の先住民族であるエトルリア人によって山の上に築かれたチヴィタは、雨風の侵食や自然災害などによって周囲が少しずつ崩壊していき、現在のような状態になったと言われています。
崩落による町の縮小に伴って住民は徐々に減少し、現在集落内に住んでいる人は数十人足らずであるため、チヴィタは外部から働きに来ている人たちの支えによって成り立っています。
さらに、かろうじて残っている現在の敷地も常に崩壊の危険性を抱えているそうで、そういった意味でもチヴィタは「死にゆく町」であると言えます。
さて、度重なる崩落をかいくぐってきた現在のチヴィタの町は本当に小さく、1時間もかからずに町全体を見て回ることができます。
…入り口にあたるサンタ・マリア門をくぐった先には、このような石造りの世界が広がっていました。
…外の世界と隔離されているためか、まるでここだけ時間が止まっているかのように、古代の町並みが残されていました。
…数はわずかですが、町の中にはバールやリストランテ、宿泊施設もありました。完全に廃墟化しているわけではないらしいです。
…町全体が写真の撮影スポットで、シャッターを押す手が止まりません。
…サン・ドナート教会。その起源はなんと7世紀まで遡るという、歴史のある教会です。
…サン・ドナート広場。小さな広場ですが、それでもチヴィタ内では最も大きな広場です。
…石畳の古い町並みと、植物の緑って合いますよね。
…町の端から見える景色は、どれももれなく絶景です。
…低い位置から見上げると、町が崖っぷちに造られているのだということを改めて実感します。こんな建物には絶対に住めません。
…町の奥に進むと、長くて暗いトンネルがあります。水道を広げるために作られたのだとか。
外から眺めるだけでも十分素晴らしかったチヴィタですが、内部を実際に歩くことによって、時代に取り残されたかのような古き町並みや、今にも町の一部が崩れてしまうのではないかという危うさ、リアルに感じることができました。
皆さんも、「死にゆく町」が本当に死んでしまう前に、ぜひ一度訪れてみてください。
ちなみに、チヴィタからオルヴィエートへの帰りのバスは、行きのバスで降りたのと同じバス停から発車します。
終バスの時間が異常に早く、集落からバス停までの距離も意外にあるので、午後に観光する場合は常に時間に気を配っておきましょう。
もし自力でチヴィタまで辿り着ける自信がない場合は、ツアーなどに参加して訪れるのもありだと思います。